Pass

政治のQ&A
選挙編靖国編少子化編格差社会編| 
靖国編
Q.『靖国神社』って? 
A.  明治維新の際の戊辰戦争で亡くなった殉難者(国家のために亡くなった人々)を慰霊するため、明治天皇が1869年(明治2年)に創建した「東京招魂社」が靖国神社の前身。1879年(明治12年)に靖国神社と改称され、第2次世界大戦まで、陸軍省と海軍省が共同で管轄しました。外国との戦争などで国に尽くして亡くなった軍人軍属、準軍属を「護国の英霊」(神)として祭り、いわゆる国家神道の象徴的な施設として、戦争遂行の「精神的なよりどころ」となってきました。空襲や原爆などで亡くなった一般の戦災死没者は祭りません。戦後は政教分離により、民間の一宗教法人となりました。所在地は東京都千代田区九段北。

Q.『合祀・分祀』って? 
A.  二柱以上の神や霊を一つの神社に合わせ祭る(祀る)ことを合祀といいます(神は一人、二人ではなく一柱、二柱と数える)。  靖国神社は“特定の神”を祭る神社ではなく、「護国の英霊」を神として祭ります。遺骨などは納めません。位牌もありません。合祀されているのは、戊辰戦争(1868〜1869年)から第2次世界大戦までの約247万柱(2004年10月現在)で、その約9割は第2次世界大戦の戦没者。合祀するに当たって、遺族などに対し、合祀を希望するかどうかの確認は行いません。  分祀とは、合祀を取り下げること、または、合祀された神をよそに移すことなどをいいます。

Q.『A級戦犯』って? 
A.  靖国神社に合祀されている約247万柱の中には、いわゆる「A級戦犯」らも含まれています。A級戦犯は第2次世界大戦後の極東軍事裁判(東京裁判)で戦争責任を問われた戦争犯罪人。同裁判で起訴された28人のうち14人を、靖国神社は1978年の秋季例大祭で合祀しました。この合祀は翌79年4月に新聞報道などで明らかになりました。このほか、東京で行われたGHQ裁判などで有罪となった「BC級戦犯」も合祀しています。靖国神社では戦犯を「形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”とせられ、(中略)これらの方々を『昭和殉難者』とお呼びし」(同神社HP)、祭っており、各方面からの分祀要求を拒否しています。

Q.『公式参拝』って 
A.  公式参拝は国務大臣が公的資格で参拝すること。歴代首相では、1975年に三木武夫首相が現役首相で初めて終戦記念日に参拝(私的参拝)。中曽根内閣は85年、「公式参拝が違憲ではないかとの疑いを否定できない」との従来の政府統一見解を、“神道儀式によらなければ合憲”と改定。中曽根康弘首相は終戦記念日に歴代首相初の公式参拝を行ったが、中国などから「靖国神社はA級戦犯が合祀されている」と強い反発が上がり、翌年は取りやめました。96年、橋本龍太郎首相が首相として11年ぶりに公私を明らかにせず参拝。小泉純一郎首相は「憲法の政教分離原則に反するものではない」と、2001年から5年連続で参拝しています。

Q.『裁判所判断』って? 
A.  歴代首相の靖国神社参拝をめぐり、これまで確定した判決の中で「合憲」判決は一つもありません。福岡地裁は2004年4月、小泉首相が01年8月に行った参拝について、「内閣総理大臣の職務による公式参拝であり、憲法20条(政教分離)で禁じた宗教活動に当たる」とし、初の違憲判決を出しました。大阪高裁は05年9月、小泉首相の01年から03年にかけての参拝について、(1)公用車を使い秘書官を伴い、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳した(2)拝礼方法などから深い宗教的意義を否定できない(3)国内外に強い批判があるにもかかわらず参拝した(4)靖国神社の宗教を助長、促進する役割を果たした――として、違憲判断を示しました。

Q.『追悼懇の報告』って? 
A.  首相などの靖国参拝が憲法、外交上の問題を抱える中、2001年12月、福田康夫官房長官(当時)の私的諮問機関「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(追悼懇)が設置され、「だれもがわだかまりなく追悼できる施設」建設の在り方を検討。追悼懇は02年12月にまとめた報告書で、(1)日本が平和を積極的に求め行動することを世界に示す(2)死没者への追悼と平和祈念を一体のものと考え、そのための象徴的施設を国としてつくる意味がある(3)国家として歴史や過去について解釈を一義的に定めることはしない――などの考えを示し、国立の新たな追悼・平和祈念施設を建設するよう求めました。

Q.『新国立追悼施設』って? 
A.  追悼懇は、新たな国立追悼・平和祈念施設の基本的性格について、(1)追悼対象は明治維新以降に日本がかかわった戦争の死没者とし、軍人だけでなく一般戦災者、外国将兵や国連平和維持活動(PKO)などに参加して死亡した人たちも含む(2)死没者を追悼するとともに、戦争の惨禍を思って不戦の誓いを新たにし、日本と世界の平和を祈念する無宗教の施設とする(3)死没者を祭る、慰霊する、鎮魂する性格の施設ではない(4)施設を訪れた人は自由な形式で追悼・平和祈念を行う――と規定。  戦没者追悼の重要な施設である靖国神社、千鳥ケ淵戦没者墓苑と両立できることを強調しました。

Q.『千鳥ケ淵戦没者墓苑』って?
A.  千鳥ケ淵戦没者墓苑は1959年に国が建設した“無名戦士の墓”。政府は53年から、第2次世界大戦による海外戦没者の遺骨収集を本格的に行いました。しかし、収集した遺骨の大部分は判別が困難だったことから、遺族に引き渡すことができない遺骨を納めるため、国は合葬墓として千鳥ケ淵戦没者墓苑を建設しました。民間団体による遺骨収集で集められたものなどを含め、現在、約35万柱の遺骨が納骨されています。65年から毎年、厚生労働省主催の礼拝式が行われています。民間団体も仏教形式、キリスト教形式、神式などそれぞれの形式で慰霊行事を行っています。所在地は靖国神社から数百メートル南の東京都千代田区三番町。

Q.『海外の追悼施設』って? 
A.  諸外国にはさまざまな形で戦没者追悼施設があります。国立墓地の代表例は米国・ワシントンにある、無宗教で開放された明るい雰囲気を持つアーリントン墓地。アメリカ建国以来の戦争で戦死した兵士や国民的英雄など27万人以上が眠ります。年間400万人以上の人々が訪れ、ワシントンを訪問した外国の元首も必ずといっていいほど訪れ献花します。英国・ロンドンには「セノタフ」と呼ばれる記念碑が、フランス・パリの凱旋門下には「無名戦士の墓」があります。いずれも追悼対象者は第1次世界大戦以降の戦没将兵など。ドイツ・ベルリンには無名戦士と強制収容所無名犠牲者を埋葬した「ノイエ・ヴァッヘ」という建造物があります。